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岐阜家庭裁判所 昭和57年(少)1305号 決定

少年 O・E子(昭四三・三・五生)

主文

この事件を岐阜県東濃児童相談所長に送致する。

理由

(審判に付すべき事由)

少年は、

第一  少年D子と共謀の上

一  昭和五七年七月二二日午前一一時頃から同日午後零時頃までの間、岐阜県多治見市○町×丁目××番地の×所在の○○店において、同店々長A管理にかかる婦人用パンツ一着外六点(時価合計二〇、三〇〇円相当)を窃取した

二  家出中のところ、前記事件により、補導発見されたものであるが、かねて同年五月二六日、○○警察署で、窃盗、器物損壊で補導された非行歴があるにもかかわらず、保護者や担任教師の正当な監督に服さず、家出、怠学をくり返し、さらに前記のとおり万引きを犯す等、少年の性格、環境に照らして、将来罪を犯し、又は刑罰法令に触れる行為をするおそれがある

第二  業務その他正当な理由がないのに、前記窃盗の際に、刄体の長さ一〇・一センチメートルのさや付果物ナイフ一丁を携帯していた

ものである。

(罪名及び罰条)

第一の一 共犯と窃盗 刑法二三五条 六〇条

第一の二 ぐ犯 少年法三条一項三号イ

第二 ナイフの不法所持 銃砲刀剣類所持等取締法二二条 三二条一項三号

(主文決定の理由)

少年は、幼少の頃より三人兄姉の末子として可愛がられ、特に「お父さん子」として父の情愛を一身に受けていた。ところが少年が小学校五・六年の頃、その父に愛人ができ、そこへ入りびたるようになり、中学二年のときについに愛人宅へ別居するようになつた。この事態は、思春期の少年にとつて、はかり知れないほど甚大な精神的衝撃を与えた。ところが両親は、少年のこの心理を理解できず、たまたまその頃アパートに転居するようになつたこと、そこで可愛がつていた犬が飼えなくなつたことによる単なる一時的なシヨツクと受けとめていた。そこから少年は、両親をはじめ周囲の者に対する自分のことをわかつてくれないという不信、嫌人感を抱くようになつた。その中で少年は未だ思慮が浅く、「私が学校を休みさえすれば、父は驚いて帰つて来る。私の留守中に父が帰つて来るかも知れない」と短絡的に考え、中学一年の二学期以降長期怠学をきめこんでしまつた。こうして少年は生活意欲を失い一人閑居してぼう然とした日々――少年の言によれば「ゆうれいみたいに、ぼおーつとして生きている感じがしない日々」――を送り、実に二年間現実感喪失のまま生きていた。この間時に登校することはあつても、同級生や先生の目がきついという被害感や疎外感を味わうのみで事態はかえつて悪化し、落伍意識やのけ者感情のみが増幅されていつた。しかし内心はこのままではダメになるというもがきがあつて、本年四月に登校したところ、たまたま○○中学から転校してきた不良少女D子に声をかけられ、少年は「私みたいな人間にも声をかけてくれる人がいる」といたく感激し、以後彼女らに同調し、行動を共にしていつた。その間折角の友達に逃げられては困るとの意識から、仲間に認められようと突つ張り、無批判な迎合、虚勢的な態度を強めていつた。(因みにナイフの所持を少年は護身用というが、それは少年の兇暴性を示すものではなく、少年の幼児未熟さを物語るもので、特に重大視すべきことがらではない)そしてそこで今までのうつ積した不充足や不満を爆発、解消していたのである。このようにみてくると、少年の問題点は、非行それ自体よりも、不自然、不健全な家庭に起因しているから、これを可及的速やかに解消し、――とくに父の情婦との関係の清算――明がるく楽しい円満な団欒の家庭を創設することが急務であろう。母もまた、この問題を自分のひけ目としてとらえるのではなく、少年の母として、人格ある妻として毅然たる態度が不可欠である。

ただ少年側の問題としては、なお全般的に社会的未熟が著しいの一語に尽きるが、具体的には以下の諸点

に重点をおいて指導矯正されるべきである。

一  物事を客観的、大局的に捉える目を養い、思考を深めること。

二  基礎的な学力と基本的な躾を身につけさせること。

三  劣等感を払拭させ、一つ一つの成功体験を通して自信を回復すること。

四  長年の怠惰、無気力を是正し、そのための生活目標を設定すること。

五  わがままで、神経質な歪んだ性格を正し、円満な対人関係の適応能力を培うこと。

なお少年は、長年にわたり精神的に疲弊し深く傷ついているから、これらの解決のためには、単に少年を表面上理解するのでなく、その内面に入りこんで、全人格的に受容、支持しなければならないであろう。

もつとも少年はもともと小心で、その情は繊細で優しく素直な面もある点を看過してはならず、これらの長所を十分に伸ばされたい。

以上少年の非行の態様、資質、環境ならびに、その年令および心身の発育状況により児童福祉法の措置に委ねるのを相当と認め少年法一八条一項により主文のとおり決定する。

(裁判官 丹羽日出夫)

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